長谷川時雨『旧聞日本橋』(青蛙房・1971)

blog『森茉莉街道をゆく(+長谷川時雨)』(http://blog.livedoor.jp/chiwami403/)で知った長谷川時雨の本を日本橋図書館で借りてきた。
女流劇作家として大正〜昭和初期に名を馳せ、林芙美子円地文子が世に出るきっかけを作った人で、日本橋大伝馬町あたりで生まれ育ち、晩年に当時のことを思い出しながら自身で編集していた雑誌の埋め草的に著述したものだそうだ。劇作家だけあって語り口が柔らかくて読みやすい。新かなで表記されているせいもあるだろう(これには賛否両論あるだろうけど)。周囲に居た市井の人々を描いているが、そこはさすがに日本橋という土地柄で各界の著名人(泥棒から大学の学長まで)もさりげなく混じっている。


唯一困ったのは意味が取れない言葉が多い点である。といっても漢籍の古典由来の言葉ではなく、当時の生活に根差していたが今日には繋がっていない風俗にまつわる言葉が多いようだ。自分が不勉強なせいもあるだろうが、髪型や着物、年中行事の話になると、イメージがさっぱりつかめなくなる。ヘタな時代小説よりも時間の隔たりを感じさせる。

また、表紙見返しの表裏に当時(明治初期〜30年位)の地図が載っているのに狂喜した。最近の新刊散歩本では旧新の地図を見比べて歩く趣向の本が多い。しかしここまでピンポイントで詳細なものはないので、通勤散歩者としてはたいへん重宝なアイテムだ。
掘割がとても多く、その跡は今日の高速道路か幹線道路になっているのがありありと分かるが、日本橋側は町割りはほとんど変わっていない。箱崎・中州・浜町あたりは見る影もないが、火事で焼けて震災で壊され、昭和の大空襲で焼け野原になっても町の形はそのまま残っている。災害で家がつぶれても避難民による不法占拠などが起こり得ないような地域性の顕れではないかと思ったりした。うがちすぎかしら。
馬喰町・人形町あたりの老舗の食い物や(鰻など)はそのままの名前で営業しているところがありそうなので、昼休みにでも見てこようと思う。

※『旧聞日本橋』は青空文庫に収録されている。岩波文庫は品切れ中。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person726.html


長谷川時雨がらみでこれから読みたい本をピックアップ。
・『女人しぐれ』平山壽三郎/講談社 ---年下の夫との生活について
・『人物近代女性史 恋と芸術への情念』瀬戸内晴美編/講談社文庫
・文学者の日記8(日本近代文学館資料叢書)/博文館新社
・『評伝 長谷川時雨』岩橋邦枝/講談社文芸文庫